2013年2月22日金曜日
夜間遊泳
凛(りん)
音の響きが好き。
漢字の形(さんずいへんじゃないあたりとか)、
読み方、声に出したときの音も好き。
鈴のような、一滴の水が落ちる瞬間のような音。
「ん」を声に出したときに残る余韻も。
凛とした姿が好きだ、とよく思う。
たとえば庭の片隅でこっそり、でも
堂々と咲いているスズランや水仙。
着物を着、しゃんとした姿で佇む人。
凛とした、というと
とても繊細で強いもの、というイメージがよぎる。
どうやら本当は「勇気がみなぎる」さまらしい。
勇気凛々、
わたしには似合わない言葉だ。
陳腐な言葉しか並べられないけれど、
いろんなものを乗り越えて、いつか
わたしも「凛とした人」になれたら良いな、と思った。
2013年2月20日水曜日
2013年1月10日木曜日
2012年12月28日金曜日
2012年12月21日金曜日
お布団の話。
わたしはおばあちゃんが大好きで
幼い頃は、親とではなく、おばあちゃんと
おばあちゃんのお布団で眠るのが好きだった。
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おばあちゃんは眠る前に絵本を読んでくれて
「ぷーさん」のことを「ぶーさん」と呼んだ。
一人で眠れるようになってからも
怖い夢を見ると決まって
おばあちゃんのお布団へ逃げ込んだ。
中学生になっても、それはずっと続いた。
寒い夜も決まっておばあちゃんのお布団へ潜った。
(おばあちゃんはとってもあったかいのだ。)
いつも「あんたの足は冷たい」と笑いながら
おばあちゃんはわたしの足を足で挟んで温めてくれた。
おばあちゃんのお布団は温かくて、
おばあちゃんの匂いがして、安心した。
守られている、という気がした。
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「いつ死ぬかわからないから遺影用に撮って」
いつからだったか、おばあちゃんは旅行へ行くたびに
そう言ってわたしに写真を頼むようになった。
この前実家に帰った時、
おばあちゃんの使っていた部屋で布団を敷いて寝た。
壁にはおばあちゃんの遺影。
わたしが中学生の時、旅行先で撮ってあげたやつだ。
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おばあちゃんは年に数回、
泣きながら起きてくることがあった。
その時は決まって「おじいちゃんの夢を見た」と言った。
10年以上前に他界していても夢に出るなんてびっくりだ。
そう思っていた。
でも、そうではなかった。
全然驚くようなことではなかった。
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わたしも、おばあちゃんと夢で会ったのだ。
他界して9年経っても、夢の中のおばあちゃんは
きちんと、わたしの知っているおばあちゃんだった。
わたしはそのことに心からほっとした。
そして会いたくなって、あの温かさが懐かしくて、
寂しくて、少しだけ泣いた。
2012年12月19日水曜日
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